一月十一日   始業。

アパートに立派な柱があったら絶対やってるね。

問題は大学にではなく、過去の自分にあるわけであるが。




あ、気がつけば葉月ヒロタカです、こんばんは。


今日から大学が始まりやがりました。

憎憎しいったらありゃしませんとも。

冬休みは春や夏の休みと比べると中途半端で、体感的には「え?もう?」って感じになってしまいます。


春夏は休みが二ヶ月近くあるのに対して、冬は約三週間。

社会人からしたら夢のような休みの長さなのでしょうけど、こちとらモラトリアムを楽しむ大学生。

こんな中途半端なら、いっそのこと潰しちゃってその分春休みを長くしてほしいとか思ってしまいます。

あと、休みを挟むおかげで課題もでるし、たまったもんじゃありません。


ああ、冬休みなんて無ければいいのに!


―――以上、

冬休みを堪能しきって明日提出の課題3つが白紙の青年の主張でした。



「へぇ、自業自得ってこんな字書くんだ…」(現実逃避に辞書を広げながら)


そんなこんなで、今夜は徹夜の雄島亭は今夜が山田を草葉の陰から応援しています。


 一月十三日   髪を散らすと書いて散髪。

横とか後ろがすっきりしたのです。

一気に短くしようか迷った結果、現状維持に。




小学校の頃はずっと「スポーツ刈り」、葉月ヒロタカです、こんばんは。


散髪したらとりあえず日記絵に描く習慣があるので、描きました。

それにしても、今回改めて思ったのですが、切ってもらうときって何て注文すればいいのか迷いますね。

僕に対人恐怖症気味なところがあるからなのかもしれませんが、うまく言えないのです。

「どうしますか」とか言われても、「どうしよう」って感じです。


坊主にしてもらうときとか、半年近くのばして一気に切るときなんかは注文も楽でいいんですけど、今回のように中途半端な量切ってもらう時には特に困ってしまいまして…。

細かく指示するほどのオシャレセンスや知識もないし、こちらが意図してないような髪にされても困るし。


そんな私の今回の注文は、「普通に」→「すっきりと」→「さっぱりと」。


こんな指示で髪切らなきゃいけない店員さんは大変だなァ。(他人事)


そんなこんなで、最後に「どうですか」って聞かれても「いいですね」としか答えられない雄島亭は床屋を草葉の陰から応援しています。



 一月十四日   センター試験。

落下。

合格して感涙している絵…っていう捉え方してもいいんじゃないかな。




これで三度目くらいの写真ですけど、




受験生がこんなサイト見てると…ね、葉月ヒロタカです、こんばんは。


明日はセンター試験だそうです。

…と言っても、この文書いてるのは15日になってからですので、正確には本日と明日がセンター試験ですね。

是非とも受験生の皆様には頑張っていただきたいと思う次第です。


私は大学には合格し、受験には勝ちました、ですが人生という点では連敗中です。

「大学に入る」ことよりも、その後何を成すかが大切。


僕みたいなダメ大学生が量産されませんように。


そんなこんなで、雄島亭は受験生を草葉の陰から応援しています。


 一月十五日   時計。

愛用の時計であります。

愛着あるんよ。




ういむっしゅ、葉月ヒロタカです、こんばんは。


時計のバンドが切れたので、ガムテープで補修して使っています。


どうにも貧乏くさいけれど、そう易々と交換というわけにもいきません。

確かにこの時計はそんないい品じゃないです。

はっきり言って安物と呼ばれる部類でしょう。

だけど、見た目だとかよりも大事なものがあると僕は思うのです。

正直、大事にしていたとは言いがたいですが、常に身に着けていました。

キズだらけだけど、汚いけれど、アラームも鳴らなくなったけど。

この時計は、僕が中学三年生の時に、好きだったあのひとから貰ったものだから…。



…と、このような時計にまつわるエピソードがあったらいいなぁ、と時計に巻かれたガムテープを見るたびに思う僕です。

あ、ちょっと涙がでそう。


そんなこんなで、雄島亭は安っぽい時計を草葉の陰から応援しています。


 一月十七日   筋肉パス。

耳に残る単語です。

なんか筋肉番付が好きそうなネーミング。




皆さんご機嫌麗しゅう、葉月ヒロタカです、こんばんは。


大学でちょっと耳にして気になっていた単語がある。

食堂でふと聞こえた単語、「マッスルパス」だ。


マッスルでパスだ、気にならないほうがおかしいだろう。

一体何のスポーツで用いられる単語なのか、バスケか、バレーか、ハンドボールか、はたまたサッカーか。

まず個人競技ではないだろうと予想される。

マッスルであろうが華奢であろうがパスをするには相手が必要だ。


次に、どの変が「マッスル」なのかも大事なポイントだ。

筋肉を誇示することが「マッスルパス」においては最重要視されるに違いない。

サッカーで言えば、分厚い胸板でボールを受け、カモシカのような脚でトラップし、迸る筋肉を駆使してパスする…と、こんな感じの一連の流れを指して「マッスルパス」と呼ばれるのだろう。

キラーパスとかと似た感じだ。


ああ、マッスルパス、思いは募るばかり。

どこの筋肉がマッスルなのかしら。

マッスルパスマッスルパス、貴方は一体どんな競技なの?

Googleで調べれば意味は分かるけれど…、知りたいけれど知りたくない。

揺れ動く乙女心。

どうせ予想と違ってガッカリさせられるなら、本当の意味なんて知らなくていい。



私にとってのマッスルパスは、シュワちゃんの腹筋から放たれるチェストパスってことでいいです。



そんなこんなで、雄島亭はマッスルパスを草葉の陰から応援しています。


 一月十八日   いい意味で。

「クズ」がつくいい意味が思い浮かびませんけど。

いい意味で!




チャオチャオバンビーノ、葉月ヒロタカです、こんばんは。


「お前っていい意味でバカだよな」と、いう言い回しがある。

あまり褒めていないのだが、けなしているわけではない、どこかそんな「バカ」な相手のことを羨ましく思いつつ使う表現である。

バカ正直であったり、バカみたいに一途であったり。

「いい意味で」をつけることで、かなり受ける感じが変わってしまう。


それで僕は考えた。

他のけなし言葉も、「いい意味で」をつけることで爽やかな会話に使えないかと。


「お前っていい意味でクズだよな!」

「ホントお前はクソだよ、いや、いい意味で!」

「いい意味でカスだねぇ、キミは」


三人中三人が「いい意味」のニュアンスを感じることなく僕に危害を加えようとしてきました。

「いい意味で」言ったのに…なんでやろ。


そんなこんなで、雄島亭はいい意味でバカな人を草葉の陰から応援しています。


 一月二十日   譲りあい宇宙(そら)。

こういうことを考えない人が本当のいいひと。

なぜか優越感。




貯金するほどの幸せはない、葉月ヒロタカです、こんばんは。


僕はいつも自転車に乗っているのですが、その際に、信号の無い道などで車に譲るのが好きです。

急いでる時などは無理することもありますが、その分余裕があるときには絶対に譲ることにしています。

狭い日本そんなに急いでどこに行く、ってね。

ちょっと待つだけで他の人が気持ちよく運転できるなんて、素晴らしいことではないですか。

それで自分も「良いことをしたなァ」と良い気分になってるんだから、一石二鳥。


ただ、こういう考えの人は当然車を運転する側にもいらっしゃるようで、お互いに譲ろうと睨みあいになることがあります。

そういう時はつい「負けてなるものか!」とムキになってしまいまして、自転車を降りるなど、絶対に道を譲らせまいと頑張るわけです。

譲るか譲られるか、白熱の精神戦。

その努力が実を結んで車が先に行ってくれると、思わずガッツポーズをしてしまったりもします。

僕のほうが譲ったんだ!やったぞ、僕ってなんていい人なんだろう、ヒャッホウ!


結局、僕は道を譲ることで自分のほうが心の余裕があるのだと優越感に浸りたいだけなのでしょう。

もはやここには「相手に気持ちよく運転してもらう」などという目的は影も形も無く、自分の偽善者っぷりが露呈しております。

偽善者ばんざい。


そんなこんなで、雄島亭はいいひとを草葉の陰から応援しています。